2000年ジル・ビルニューブサーキット(モントリオール・カナダ) 
(非常に残念な経験をし、それを書いてあります。いやな思いをされたくない方は 次のページを読まれないようにして下さい) 
 
遠い国まで来てしまった。
ニュージーランドから直接乗り入れるのは止めました。理由は遠いからです。

2年前のスペインGP訪問で、痛い目にあったから。(→1998年のスペインGP参照)
なんせ、その時は40時間もかかってバルセロナに着いた。
死にそうやった。
勿論エコノミークラスだったので、例の「エコノミークラス症候群」によくもかからなかった。

さて、今回は日本航空でニュージーランドから大阪に入りました。嫁の友人が京都で結婚するからだそうだ。その式に呼ばれているらしい。
大阪の実家に3泊だけして、直ぐに伊丹空港へ。伊丹から成田への飛行機に乗る為に、結構早く実家を出発。

ここでラッキー!
この区間だけがボーイング747−400型の2階席にアサインされた。そこはビジネスクラスの席なにの、何故我々のような貧乏たれが座れたのだろう・・・。おまけに階下には空席もかなりある。

もしかして、日本航空のマイレージカードを出したから?それしか思い付かない。それとも我々2人ともが旅行業界の人間だと知られてしまった?今でも謎だ。

さて成田からはニューヨークまでの旅。14時間も乗っている。休憩は勿論無い。そしていつも通りに、階下の一般エコノミークラス席にアサインされていた。2人して「この区間が2階席だったら最高やったのに」と・・・呟く。

当然、そんな奇跡は、オーバーブッキングの少なかろう日本航空には無い事だろう。嫁は昔、SQでオーバーブックを食らい、2階席に座れた経験があるだけに、今回の特にシートピッチが小さいJLではきつかった。

シートピッチはNZの方が大きいし、去年利用したCOよりもかなり狭い。COはボーイング777だったけど、この747−400より広かった。

さて、JFケネディ空港に到着するが、天候は黒い雲に覆われて、決して良くない。結論から言いますと、ニューヨークの3日間は全てくもりの天気で、夏だというのにフリースを着込まないと寒い。そして雨。

そんなことはさておき、目的地のモントリオールに入る6月15日にやっと晴れ間が見えて10時間の旅が始りました。ニューヨークをほぼ真北に進むとモントリオールに着く。

流石はアムトラク(アメリカ国鉄)でした。1時間30分も遅れて到着。そして、大きな鉄橋を渡る頃には、サーキットのスタンドが電車内からも見え、とうとう来たんだ・・・という実感が沸いて来ました。

ニュージーランドからカナダ東部のモントリオールへ。一体何キロ?

早速B&Bのマダムに言われた通り、タクシースタンドへ。外はかなりの雨。「ここも雨かぁ」「電車に乗っている時は晴れ間も見えたのに・・・」

タクシーで正解。この雨でバス・地下鉄は使えないよ。なんせB&Bまでは歩くからね。

到着。NZと違ってチップのある国。大きなカバンを持ってくれたので、10%以上のチップを渡して下車。この時も大雨。
しかし小生は信じていた。実は一度もGPで雨に降られた事が無い。「明日以降は大丈夫」。

しかし、これが最終日に裏切られる事になる。2000年のカナダGPを覚えている人は、笑みを浮かべてしまっただろう。

さてマダムとの対面。フランス語圏だが、マダムは英語しか話ないようだ。奇麗な人だ。空間デザイナーみたいだ。

故に部屋も皆奇麗。我々の部屋は安かったが、それでも城にいるかのような感じがしていた。B&Bはお勧めよ。

その夜、小生は一世一代の不覚を犯してしまう。買って来たビールで酔ってしまったのが原因だ。
実は、ベッドに横たわり寝てしまった。これは普通だが、実はメガネをしたまま寝てしまったのだ。嫁がシャワーから出て来ると、一度目が覚めたが、その時に発見した。

レンズに打ち込んであるネジ部分からフレームが曲がり、レンズにひびが入った。フレーム取り付けネジが折れており、翌日からの撮影に支障を来たす寸前。メガネが掛けられない。曲がっただけなら良かったのだが・・・。

仕方なく、マダムに相談する。
マダムが起きている時間に、この事件は起こったのだ。マダムは近くに2つも眼鏡店があるのを教えてくれた。

とにかく、何所に行くにも、メガネドライバー(細いやつ)を持って来ていたが、今回はネジが切れてしまっているので、どうしようもない。

さっそく翌日早起きしてサーキットへ(早起きでもないか)。その前に眼鏡屋へ。
するとフランス語なまりの英語で御夫婦が応対してくれ、何とか新しいネジを切ってくれた。この眼鏡は最後まで頑張ってくれたが、NZへの帰国前にまたもや、新眼鏡を買ってしまった。レンズにひびがはいったからね。

さて地下鉄の駅までは10分。中央駅までは10個の駅。そこで乗り換え、一つ目がサーキット近くの地下鉄駅。そこからは歩く歩く。20分くらい?

小生夫婦は、まだ駅に近いブロンズスタンド。しかしメインスタンド、セナコーナースタンドは遠い遠い。あれは可哀相だ。

小生のスタンドは、セナコーナーを抜けて最初に見えて来るスタンドです。昔オリビエ・パニスがクラッシュした場所の先にあります。ティエリー・ブーツェンがリジェの選手を抜こうとしてクラッシュした場所です。(少し難しいヒントでした)

実はこのスタンドしか取れなかったんよ。
カナダにファックス予約をしようとした時に、希望のヘアピン内側スタンドが満席になったと
ネットで知ってしまったのです。

でも結論から言えば、素人カメラマンの小生には、このスタンドで良かったと思います。納得いく写真も多数撮れたから。
しかし、ここで驚くべき差別扱いを受ける事になります。

その相手はスタンドの警備員。
まあ小生としては、はるばるニュージーランドから、カメラ機材だけで10キロ以上を運んだ事もありその他の国と同じように撮影が出来るものと考えていましたが、カナダだけは違ったんよ。

さてどうなる事やら。 




その2に続く
F-1観戦記に戻る




inserted by FC2 system