デルフィ
Delphi
 
と、サントリーニ島に行く前にアテネから古代遺跡の眠る街をレンタカーで往復しました


2017年6月10日(土)の朝です。
アテネの早朝撮影を終え、約180キロ彼方の古代遺跡デルフィに向けて走り始めました。

有料ですが高速道路があるので利用してみました。

Googleマップのナビ機能を使っていますが、3Gエリアではやはり反応が遅くて、曲がり角での案内が遅れてしまいます。
そこで何度か違う道に入り込んでしまいました。

郊外は制限速度が130キロなので、それでも燃費の事を考えて120キロ程度で走っています。
アウディA3に乗車しているので直進性能はええ感じでした。





途中で高速を降りて一般道に入ります。
街中は50キロ規制ですが、郊外に向かうと70キロ、そして最高制限速度が90キロの地域も。でも皆110キロくらいで走っています。

そう高速道路なんて不要です。失敗した。

目的地に近付くと、手前にアラホバという街が見渡せる丘があります。未だ9時前なので、ここで時間潰しです。
でも太陽の位置が悪く、PLフィルターの効果を出せないでいます。

これは帰り道で丁度やな・・・とか思いながら車を再スタート。目的地デルフィまでは車で15分程度です。





デルフィに着きました。博物館の真下に路駐です。ちゃんとPマークがありますね。




 
20世紀になってから再建された宝庫です。元々は紀元前5世紀頃に現存していたものだと書いてありました。

アテネ市民がマラトンの戦いで勝利し、それを記念に建てたものだそうですが、例の42.195キロを走るマラソン競技の由来は、このマラトンが英語読みになってマラソンになったとの事。

ペルシャ戦争の一角でんなぁ。旧ドイツは昔から無茶しよんなぁ。

学生たちが勉強に来てはりました。




 
さあ先を急ぎましょう。夕方には再度180キロ走ってアテネに戻らねばなりませんので。

という事で、説明盤も読まずにひたすら登っていきます。天気はご覧の通り。
私が休暇を取れるのがは6月だけ。その6月のギリシャ沿岸は天候が安定する時期。





CPLフィルターの効果が出そうな所に来たら撮ってしまいます。

後ろの柱群がアポロン神殿跡です。




 
その神殿跡まで登って来ました。未だ全体の1/3位の高さです。白人の方は熟年ですけど健脚な方が多いのに、何故寿命が我々日本人よりも7~8歳も低いのでしょうか。

日本の観光客はこの時点で息を切らしてヒイヒイ言っておられました。

毎年の休暇旅行で、毎回思うのですが、歩くのと寿命ってホンマに関係ありまっか?




 
さらに登り、アポロン神殿の上に来てみました。内部はどんな感じだったのでしょうか、平らには見えへんのんですけど。

今から2500年前の出来事です。




 
もう一段上がると円形劇場が鎮座していました。

2010年にトルコを周遊した時に、同様の円形劇場がどの遺跡にもありました。
ギリシャとトルコと言えば、地中海を挟んで隣り合った国。似た文化が広がっていったのでしょうなぁ。




 
後部にそびえる山はパルナソス。2500年前はここが地球の中心と考えられており、多くの人々から信仰され集まって来たそうです。

アテネから180キロも離れています。遠っ!





さてまだまだ登りまっせ。
ここから撮られた写真がパンフレットなどに度々使われてまんなぁ。

遺跡以外何もないのですが、それが逆に神秘さを増します。







ホンマはここに三脚を立ててリアルレゾリューションを使ったLRGB撮影をしたかったのですが、三脚は使用不可です。
マンフロットの卓上三脚も持参していたのですが、三脚を置く場所が無いので使えませんでした。




 
念の為にスマホでも撮っておきます。

やはり写真は美しくない。JPEG撮って出しは馴染めませんなぁ。





さてまだまだ元気です。そしてとうとう遺跡最上部にある陸上競技場跡に来ました。

ここに来ている皆さんは若い方ばかり。小生よりも年上の方は殆ど見かけません。まあそれ程きつい山登りが必要な遺跡です。

中高年の皆様は覚悟の上でお越し下さい(笑)。




 
そして一気に下って来ました。アポロン神殿の背後より撮ります。





アポロン神殿柱は6本しか残っていません。





その後に冷たいもので喉を潤し博物館へ雪崩れ込みます。
遺跡と共通チケットなので入場も無料となります。

展示物の説明が書いてある看板を読み入る内に、2500年前にここが人民の心の拠り所だった理由が分かってきました。

「神のお告げ」が行われた場所だったそうで、それ故に皆はここに来ないと何も始まらないと考えた模様です。
神託とは予言の事。諸国の人々が集い、今後の国家運営をどうしたら良いかを聞きに来たという事らしい。





 
遺跡、博物館見学を終え、直ぐ近くにあるもう一つの遺跡に来ました。遺跡入口からだと500メートルほど、博物館からでも800メートルほどですので徒歩圏内です。

円形の神殿跡が残る。巫女さんの住居だったそうな。




 
白装束をまとい、こちらにやって来て神託を受ける国家元首やその取り巻きの世話をしていたのでしょう。
巫女さんは少し離れた所に住んでたんですね。





さあ一通り撮りました。でもその先にあるデルフィの街を観光する時間はないと思われ、レンタカーで街を通過する際にアクションカムで一発動画撮りで終了。

この写真は間違って撮ったもの。





そして忘れてはいけません。
朝は光線が悪くてさっさと退去したアラホバの街を撮らなくてはなりません。

通常は道沿いから撮るのでしょうが、小生は小道に逸れて教会前に陣取りました。

画角の違う3つの写真をご覧下さい。





どちらがお好みでしょうか?

さあそれでは下の道を使ってアテネに戻ります。

Google地図のナビに到着地点を入力します。後は安全運転をするだけ。

でも民衆は90キロ制限の道を110キロくらいで走っている。真似はしなかった。初めての道やし。
















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